第2回会議の議事録(下)

 

第2回目の「町には本屋さんが必要です会議」。前半部では他業種の小売りの状況を見てきましたが、後半では、レコード屋さんの状況、そして、本屋さんの話へと続いていきます。
決して明るい話ではないですし、こうしたらいい、というような未来も提示できていません。
けれど、まずはしっかりとした現状認識から、話を進めていきたいと思っています。
そうした議論を粘り強く続け、最終的には、声を大にして「町には本屋さんが必要です」といいたいのです。
それでは、後半をどうぞ。

 

 

笈入

お店を一周することでいろんな情報が目に入るという点にかんしては、往来堂もコンビニと通ずるところがある。本屋さんの究極は、世界のすべての本が並んでいるということ。つまり、必要な本が必ず見つかるということだけれど、うちのような20坪の店はそれを目標にはできない。だから、店全体をつかって、いろんな本をお客さんにちゃんとアピールできるように工夫する。
たとえば、吸引力の強い女性誌を店のいちばん奥に置くということは、コンビニのいちばん奥にペットボトルが並んでいることと一緒。20坪の店だから、奥まで歩いていける。その間に、いろいろと棚を見てもらえる。ただ、コンビニと違って、お客さんは同じ本を二度買わないので、商品をどんどん入れ替えていかなければならない。

 

島田

なるほど。

 

笈入

ただ、定番があるジャンルもある。それは児童書。商品を入れ替えるのではなく、お客さんがどんどんと入れ替わっていく。もちろん、そうした定番を置きながら、新刊などを加えて、新しい彩りを足していく。
ぼくもかつては大きな書店にいて、できるかぎりすべての本を置こうという考えで、仕事をはじめていった。そして、いまだに、「あれも置こう、これも置こう」という呪縛から逃れられていない。

 

空犬

ずいぶん経っているのに?

 

笈入

そう。「あれも置こう、これも置こう」って、つい思ってしまう。そのたびに、これって本当にお客さんのためになっているんだろうかと考えてしまう。かといって、あんまり本の種類を絞って、逆に棚がスカスカになってしまうと、「この本屋さんには何かがありそう」という感じがなくなってしまう。
ドラッグストアも棚がぎっしり詰まっているじゃない?

 

島田

ドラッグストアの1店舗あたりの平均品目数は17,000種類。

 

笈入

そのぎっしり感は必要なんだけれど、小さな店がなんでもかんでも置こうとすると、行き詰まる。そうすると、お客さんをある程度想定して、他店とのすみ分けを意識していったほうがいいということになる。

 

空犬

コンビニやドラッグストアだと「売れているもの」という明確な物差しがあるけれど、書店の場合は?

 

笈入

売れているものを置くというのは前提で、そのうえで、得意なものをやるということが大事。得意な本を扱って、そのジャンルは引き受けさせてもらうという感じかな。
たとえば、うちの場合だとコミックはそんなに置いていない。ワンピースなんかも最新刊しか在庫がない。そうすると、お客さんからワンピースの既刊の問い合わせを受ける。月に2回くらい聞かれると、置いたほうがいいのかなと思う。けれど、そういうふうになんでも置くといよりも、代わりのもの、得意なものを置いていくというスタンスのほうが、小さな店には合っているように思う。
たとえば、往来堂の場合だと、マンガの担当者が情熱をもって棚をつくっていて、「ゆるふわ系」とか「グルメ系」とか「不朽の名作」とか、文脈棚ではないけれど、独自の選書眼を前面におしだして並べている。お勧めのPOPや作家の色紙なんかも飾っている。

 

島田

あの棚はおもしろい。往来堂さんのあの店の大きさとも合っている。あれくらいの坪数だといろんな本が目に入る。

 

笈入

でも、いいとはいわれるけれど、20坪って、けっこう経営的には厳しい大きさ。一般論でいうと、書店の粗利は22~24パーセント。1000万売って、粗利が220万くらい。人件費は、セオリーからすると10%には押さえたい。でも、12、3%にまでいってしまうことが多い。家賃は6%くらいまでがいいけれど、7%とか12%とか、店によって違う。水道光熱費、電話代などの支払いもある。
たとえば、2人体制で 1日14時間働くとする。そうすると、1日の店の労働時間が28時間。それを30日やって、時給が1000円だとすると、84万円の人件費がかかる。そうすると月商840万円は欲しい。でも、この額に、店長や社長の給料は入っていない。
なにがいいたいかというと、20坪の店は2人体制でまわすことはできる。そして、30坪もたぶんできる。けれど、安全上の問題があるし、食事に行ったりトイレに行ったり電話に出たりもするから、ひとりではお店をまわすことができない。
2人体制というのは、いわば本屋さんの人件費の最低の固定費であり、ベース部分。20坪の店だと、その固定費の割合が相対的に高くなる。

 

空犬

小売業界の成功例をそのまま書店に活かすことは難しいと思うのだけれど、たとえば、1985年に出た能勢仁さんの『本大好き人間のブックストア経営の本』では、すでにコンビニに学べという言葉が出ている。それは、陳列のことだとか、品目を絞るとか、導線とか、そういう具体的なこと。同じくらいの坪数のいちばんの成功例がコンビニであるわけだから、単純に、これを競合という一面だけで無視するわけにはいかない。

 

島田

音楽業界の例は?

 

空犬

いろいろ調べてきたんだけれど、レコード店も、やはりかなりの勢いで減っている。ただ、出版と違って、店舗数を調べるのは容易ではなかった。出版の場合は、先ほどの能勢さんのように、書店を研究したり、論じたりする人が割合いて、資料もたくさんあるんだけれど、音楽業界の場合、そういった店舗自体を論じたものがない。「日本レコード協会」が立派な統計を出してはいるんだけれど、それはレンタル店が中心で、小売店だけの数字は載っていない。
結局、図書館のレファレンスサービスをつかって調べたんだけど、「日本レコード商業組合」という団体があって、ここは数字は公表していないが、聞くと教えてくれるというスタンス。ただ、この組合にはタワーレコードやツタヤなどが加入していない。新星堂や山名楽器などは入っている。だから、これからあげる数字は、「町の本屋さん」というのと同じような意味で、「町のレコード屋さん」の数ということになると思うんだけど、2002年に 1524店舗あったレコード店は、2013年には 541店にまで減っている。CDの売上げは97年から98年がピークで、このあたりはCDバブルといったりするらしい。

 

島田

ミリオンセラーが次から次に出たときだ。

 

空犬

そう。そこから数字はどんどん落ちていって、基本的には右肩下がり。

 

島田

 541店って、想像していた以上に少ない。

 

空犬

ツタヤやタワーレコードがあるから、生活していても買う場所がないという印象はあまりしないけれど、町のレコード屋さんという意味では、壊滅的に減っている。
それと書店との比較で気づいたのが、書店の場合、地方の名店が閉店するときは必ずといっていいほどニュースになる。でも、レコード店の場合は、そのニュースがほとんど見つからない。たとえば、ヴァージン・メガストアが日本から撤退した記憶ってある?

 

島田

たしかにない。

 

空犬

ヴァージン・メガストアが日本に来た時はあんなにニュースになったのに、2009年の撤退については、わずかなメディアでしか報じられない。HMVの渋谷だけがメディアで大きく取り上げられたが、それは、CDバブルの象徴としてという一面が大きかった。レコード店の閉店がユーザーの意識にのぼりにくいのはなぜなんだろう。調べていて、とても不思議な感じがした。

 

島田

本屋さんだけが惜しまれているんだろうか?

 

空犬

本屋さんの苦戦や出版不況がこんなにも話題になっているのは、我々の業界だけなのか、それを調べたいという気持ちもあった。

 

島田

ひとついえるのは、出版業界は自前でメディアをもっているということだけれど、それだけだとも思えない。

 

空犬

繰り返しになるけれど、むかしから音楽業界はよく出版業界と比べられてきて、それは、どちらも、かつては不況に強いといわれたというのと、所得の余剰分がつかわれる娯楽・嗜好の商品であるということ、あとはパッケージ商品ということ。これだけ共通点があるのに、こんなにも取り上げられかたが違う。
レコード店の減少の原因については、よくいわれていることだが、ネットや携帯などの普及によるコンテンツの多様化、つまり、お金がそっちに流れているという点を論じる人が多かった。音楽配信サービスも登場もしてくるのだけれど、これに対しては、そこまでではないと否定的な意見もあった。
いちばん本と違うのは、無料動画サービスの登場。つまり、youtube。音楽を聴くために無料動画サービスを使うというユーザーが増えた。

 

島田

このあいだツタヤの方とお話しする機会があって、DVDレンタルの数字はどう変化しているのかを聞くことができたんだけれども、やっぱりかなり落ちている。ただ、それはyoutubeというよりも、ハードディスクレコーダーの容量が大きくなったことのほうが大きいとおっしゃっていて、つまり、借りるまでもなく、自宅のレコーダーには撮り貯めしている映画がたくさんあるという、そういう認識だった。
もちろん、最近では、スマホの影響というのが間違いなくある。24時間という顧客の限られた時間のなかで、どれだけ自分の店に時間を割いてもらえるか。話を聞かせてくれた方はそのことを考えているとおっしゃっていた。

 

笈入

趣味に使える時間とお金は有限で、結局、便利な方には流れるよね。

 

島田

その趨勢にはあらがえない。

 

笈入

いろいろと便利になって、スマホで漫画も読めるけれど、それでもお店に来てほしいと思ったら、お店に来てもらう理由がないとダメだよね。当たり前のことだけれど。
その理由があって、はじめて本屋は必要とされる。けれど、理由がないのであれば、必要じゃないってことになる。

 

島田

すごい話になってきた。

 

笈入

さっき、コミックの棚の話が出たけれど、うちにはワンピースはないが、違うコミックはある。ワンピースでないそのコミックを選んでくださったお客さんが、この本のことは知らなかったけど、買って読んでみて、よかったな、この店には選択されたいい本が置いてあるんだな、と思ってもらえれば、それはその本屋さんが提供している価値の一部だと思う。
たとえばコンビニの話に戻ると、理論上コンビニが扱える商品数はものすごい数になると思うんだけれど、それをものすごい絞っているわけでしょ。そうすることで、お客さんに価値を提供しているという一面がある。

 

空犬

コンビニって、これを置きたい、あれを置きたいって自由に発注できるの?

 

島田

そこまではぼくもわからないけれど、コンビニの仕入れの成功例として出てくるのは、地域と密接している店が、たとえば運動会などの情報をしっかり把握していて、売り逃しや機会損失をなくしているという例。

 

笈入

コンビニって、トライ&エラーを繰り返すことによって、だんだん品目が絞られ、つまり無駄が省かれて、売れる店になっていくと思うんだけど、書店の現場ってその余裕がない。その足りない理由のひとつは、できるだけたくさんの本を置こうとするというところにあるような気がする。いい本をしっかり仕入れて、仮説と検証をもっとやっていきたいけれど、単純に書店は粗利が少ないから、労働力が足りない。睡眠時間を削ってやるとかそういうことになる。非常に苦しい……。

 

空犬

そこをみんなで一緒に考えてみようというのがこの会の趣旨でもあるわけだから……。

 

笈入

今日の話を聞いていても、大資本が強い時代だなということをあらためて思う。大資本はバイイング・パワーもあるし、ディスカウントもできる。利益もとりやすい。店舗を標準化することで、1店舗あたりにしてみれば、ノウハウを低コストで導入するということもできる。20坪の店よりは大きいから労働の効率もいい。

 

島田

セブンイレブンの店舗の平均坪数は40坪なのだけれど、その坪数と比較すると、たしかにその効率の意味がよくわかる。

 

 

笈入

個人で店をやり、1から10までを全部やろうとすると、非常に効率は悪い。より正確にいうと、効率が悪くなってきているように思う。書店業界でも、この10年、15年で効率のいい大きな存在が出てきたから、比較の問題で、個人書店が同じことをやろうとしたときに、その効率の悪さが明らかになってくる。そのなかでどうやっていくのか。
たとえば、うちも加盟しているNET21のように、共通の問題は一緒に考えるとか、一緒にPOSシステムを開発するとか、やりかたはいろいろあると思っている。往来堂でも、NET21を通して、1店舗ではとてもじゃないけれど入れることのできないシステムを導入している。取次のシステムではなくて、自分たちが使いたいシステムを取り入れたい場合はコンピューター会社と相談しながらシステムを開発しなければならないんだけど、それは1店舗の予算ではできない。
こうした資材のほかに、ノウハウなどのマンパワー的なところも、みんなで集まって知恵を共有できるようにすることで、効率をあげることはできるのではないか。
社会全体が効率をあげているのに、個人店はやらなくていいということはない。なんらかの形でやっていかなければならない。

 

島田

笈入さんの話を聞いていて思ったんだけれど、コンビニなど他業種の本を読んでいると、お客さんのためにという一点にすべてを集約できる。お客さんに徹するという姿勢というのかな。それは本屋さんと絶対違うなと思う。お客さんが欲しいと思っているものを100%用意する。そのための仕事。でも、本屋さんは、お客さんが必要としているものを用意しているけれど、一方で、そこで働いている人が売りたい本もある。お客さんが求めてはいないかもしれないけれど、でも、心から読んでほしいもの。レコード屋さんもそう。でも、ほかの業界はそうじゃない場合が多い。お客さん至上主義というところに特化できる商売は強い。そのためにどんどん効率を上げていくことができる。

 

笈入

効率はもちろん大切だし、忘れてはいけないんだけれど、それだけじゃない、というのが本屋。そのバランスを見るのが、経営者の仕事だと思う。
時間がないから、今日のもうひとつの議題である「オーナーと経営の問題」の結論をいうと、経営者は現場の身になって、現場は経営者の身になる、という非常に当たり前のことに落ちつく。でも、なかなかこれが難しい。熱意をもった現場の担当者がその思いを棚にぶつけて、棚をとおして、本をお客さんに届ける。「この本はいい本だからお勧めする」という情熱がそこにはある。それしかないといってもいい。でも、それをあまりにやりすぎると、効率が置き去りになってしまう。本来であれば売れる本を売り逃してしまうことにもなる。
担当者が情熱をもって売っている本と、売れている本との両方のバランスをうまく導いて、数字をつくっていくというのが経営者の仕事。数字だけしかいわないと、店から情熱がなくなる。けれど数字をおろそかにすると、店は成り立たない。続かない。