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特別寄稿「一二三書店」

 

「町本会」には多くの人がかかわっています。
登壇してくださる本屋さんはもちろん、出版社や、取次、その他、いろんな人が 知恵を出してくださり、それらを会の運営に反映させています。
今回、『書店ガール3』(PHP文庫)を刊行されたばかりの碧野圭さんが、特別に「町本会」に文章を寄せてくださいました。

碧野さんが愛する、町の本屋さん。
ぜひ、ご一読ください。

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国分寺と小金井と府中の3市が接するあたり、つまりJRの駅からも京王線の駅からも遠いところに、ひっそりとこの店は立つ。「ふれあいの街 しんまち」という商店街を示すアーチが掛かっているものの、店のある通りは個人商店よりも住宅やスーパーの方が目立つ。人よりも車の方が多く行き来する。そんな通りの一角で、若くはない店主とその奥さんだけでつつましく20坪ほどの店を切り盛りしている。客のいないときは電気を消し、夜も7時をすぎれば店じまいをする。自分の土地に立っているから家賃がいらない、家族経営で人件費が掛からない、昔からのお得意さまへの配達が売り上げの過半数を占めるなど、町の本屋の典型ともいえるのが、この一二三書店だ。
いまでこそ寂れているが、この店が立った1972年当時、このあたりは活気のある商店街だった。すぐ傍に都営住宅があり、そこに住むファミリー層が客の中心だったが、飲食店や呑み屋も充実していたので、近隣からも人を集めていたのだ。駅と駅の中間で、まわりに買い物するところがなかったからこそ栄えたといえるかもしれない。
現在の店主である塩田哲生さんは二代目。塩田さんのお父様がこの地で本屋を始めたのは、長年勤めた会社を定年退職後、新たな職を求めてのこと。とくに本が好きであるとか、それまで本に関係した仕事についていたわけではない。経験がなくても始められる商売として、たまたま本屋を選んだそうだ。この地を選んだのも、自宅のある小平を中心に物件を探し、ここを紹介されたから(正確には、当初の店はいまある場所の向かい側に位置した。10数年前、住居を兼ねた現店舗に移動)。
それでも場所がよかったし、本もよく売れる時代だった。文学全集や百科事典が各家庭にあり、学年誌や婦人雑誌を毎月講読するという習慣も生きていた。近隣にライバル書店もなく、お母様がもともとやり手の営業ウーマンだったことも手伝って、すぐに商売は軌道に乗った。大学生だった塩田さんも家業を手伝ったが、当時は配達先が300軒もあったという。年末恒例の家計簿つきの婦人雑誌の新年特大号は、4誌合計で500~600冊は売っていたらしい。
それから40数年。スーパーマーケットの出現や人々の消費行動の変化、人の流れの変化などによって商店街がどんどん縮小していった。近隣にライバル店が3軒出来たことや、雑誌の凋落、コンビニやネットショップの出現などでどんどんこの店の商売も縮小していく。小さい書店には新刊があまり入荷されない一方で、駅の傍には品揃えの充実した大型店ができるなど、個人では抵抗できない逆風がここにも吹き荒れている。

と、ここまで書くと、時代から取り残された品揃えの悪い、寂しい棚を想像しがちだが、ここ一二三書店はそうではない。もちろん数は少ない。雑誌以外は取次からの入荷はほとんどないから、文庫の新刊もなければ大型書店で平積みされているようなベストセラーも揃わない。そもそも文芸の単行本自体をほとんど置いてない。だが、それでもこの店の棚を見ると、生きていると感じるのだ。
店を入ると奥に向って棚が2列。左の列は雑誌で、右は文庫と新書。文庫棚の横面、入り口に向っている側にエンド台が置かれ、手製のラックが掛かっている。この部分がこの店のフェア台と言っていいだろう。ラックの方は少ないながら話題の単行本も飾られている。いまなら本屋大賞受賞作の『村上海賊の娘』やメディア化で話題の『軍師官兵衛』だ。ここは客引きのためのコーナーで、実はその下のエンド台が店主の好みを反映したもの。文庫と新書がメインで、小説は少なく、歴史とか実用書関係が中心だ。『新老人の思想』のような生き方を考える系の本が多いが、『知の偽装』のような社会批判的なものが数冊混じっているのが嬉しい。
文庫棚は背中合わせになっているが、片側は一般的な売れ筋商品、たとえば有川浩海堂尊伊坂幸太郎のような幅広いファンを持つ作家の代表作を中心に、高齢層に人気の高峰秀子の自伝のようなものも混じっている。反対側は時代ものと新書中心。藤沢周平、高田郁、山本一力などを表紙が見えるように角度をつけて棚に並べている。置き方に工夫があるし、作家のセレクションも的確だ。比較的年齢層が高いこの店の客層に沿いつつ、若い客にも喜ばれそうなものをちゃんと選んでいる。際立って個性的な棚ではないが、ちゃんとお客さんのニーズを考えて手を掛けた、いい棚だと思う。
文芸以外の、実用書やコミックにもそうした目配りはされているが、特筆すべきは児童書の棚。この規模の町の本屋としてはかなり広く(コミック売り場より広い)、壁際の棚3列と雑誌コーナーの一部でも展開している。『ぐりとぐら』や『はらぺこあおむし』のような定番のほか『きかんしゃトーマス』シリーズや『ドラえもん』、『100かいだてのいえ』、新しいところでは『アナと雪の女王』の絵本も面陳されている。小学生向けには青い鳥文庫や『ダレン・シャン』シリーズ、『獣の奏者』や『真夜中のパン屋さん』などバラエティ豊かなラインナップだ。店内にはエロ本の類はない。子供ひとりでも親が安心して訪問させられる店だ。少子化で本屋から児童書売り場がどんどん減っているなか、そうした町の本屋の本来あるべき姿を、ここ一二三書店は守り通しているのだ。

取次からの入荷が限られているにも関わらずこの品揃えができるのは、ほぼ毎週、塩田さんがリュックをしょって神田の問屋に買いに行くからだ。武蔵小金井から中央線に乗れば神田まで1時間も掛からない。都内の書店ならではのメリットだ。購入する本は客注文のものが第一。次に版元の資料やネットで見て気になったもの、さらに問屋で実物を見た印象で決めることも多い。出会いの楽しみがある。一二三書店のコミック棚に、時に鶴田謙二のようなマニア向けの品が並ぶのは、問屋で表紙を見てピンときたからだ。
塩田さんが一度に使う金額は1万円から多い時でも4万円程度。無理な買い物はしない。バス代と電車代を合計すれば往復千円を越えるから売れても利益は少ないが、それでも塩田さんは神田通いを続けている。

そうして新しい本を確保し、棚にも手も掛けているのだが、商売としては楽ではない。とにかく店を訪れる人が少ない。ファミリー層が減ったし、お得意さんも高齢化するばかり。配達もかつての6分の1くらいに減っている。それでも商売を続けているのは、
「趣味みたいなものですよ。頼りにしてくれるお客さんがいるし、好きな本が並べられるのは楽しいですから」
塩田さん、実は大学はドイツ文学を専攻。元から本好きでもある。年をとったのでなかなか読書が進まないと言いながら、暇を見て昔読んだ文学全集を読み直したりしている。
塩田さんは商店会の会長をしているというし、人に接するのも好きなのだろう。子供たちも無事育ちあがったし、無借金経営なので少ないながらもちゃんと利益は出ているし、続けられる限りは店を続けたい、と語るのだ。

実はここは、拙著『書店ガール』に出てくる一伸堂(主人公が幼い頃から通っていた近所の本屋)のモデルにさせていただいた店である。店の場所や棚などはそのまま参考にさせてもらった。これといった派手なところはないが、地域に根付いた、ふつうの本屋の在り方として好きなのだ。小さな書店への逆風の只中に身を置きながら、決して絶望はしていない。店主が自分にできることをできる範囲で頑張っている、その姿勢が素敵だと思う。だから、プライベートでも、雑誌と急を要さない単行本を注文するのはここ、と決めている。ほかの書店でも注文することがあるが、私の顔を見ただけで、さっと奥から本を取り出してくれる店はここだけだ。そういうつきあいを私は大事にしたい。
小説の中の一伸堂は閉店してしまったけれど、現実ではできるだけ長く続けてほしい。だから、これからもここで買い物を続ける。それが、ささやかながら、私の町の本屋へのリアルな応援なのである。

 

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一二三書店

〒183-0042 東京都小金井市貫井南町5-14-11

☎042-382-7073

営業時間9:00~19:00頃 日曜祝日休