第3回会議の議事録(上)

 

遅くなってしまいましたが、今年3月15日に開催しました第3回目の「町本会」の議事録です。

東京の国立にある老舗書店、増田書店の篠田宏昭さん、作家の碧野圭さん、往来堂書店の笈入健志さん、夏葉社の島田の4名で質疑応答を合わせて計3時間、「町の本屋さん」について話し合いました。
場所は国立駅前のギャラリービブリオさん、「国立本店ほんとまち編集室」さんが共催してくださいました。
3回にわけて議事録をアップいたします。

まずは1回目。

増田書店さんについて。

 

 

島田

『町には本屋さんが必要です会議』今日が3回目になります。この会議が具体的にどういうところから始まっているかと申しますと、ご存知の方も多いかと思いますが、神戸に海文堂書店さんという非常にすばらしい本屋さんがあって、そこが、2013年9月末に経営的判断で閉店をしました。海文堂書店は非常にいい棚をちゃんと手を入れてつくっていた。
本屋さんというのはこれまでは、素晴らしい人たちがいて、良書をきちっと揃えていい棚をつくっていればお客さんがちゃんとついてくれる、大丈夫だ、というのが、少なくとも、その時点までのぼくの認識だったのですが、もうすでにそういうところにはないのではないか、と思いはじめたんです。本屋さんがいくらがんばっても、どんなに棚に手を入れても、お客さんの足が遠のいているような状況だと感じています。
先日ある書店主の方が、「私たちは200%の力で本屋さんをやっている。それでもお客さんが減っている。そういう時に打つ手はもうないんじゃないか」というようなことを仰っているのをぼくはなんともいえない気持ちで聞きました。町本会というのは、町の本屋さんに携わる人というよりは、その町に住む人たちが主体となって、本屋さんに対してもっとできることがあるのではないか、と考える場だと思っています。出版業界だけでなくいろんなたくさんの人たちと議論を共有しながら、今後の本屋さんの未来像みたいなものを、探っていきたいと思っています。

1回目、2回目は本屋さんが小売りとしてどのような状況に置かれているのかというのを、他業種を参考にして話してきたんですが、今日は話を絞りまして、「町と本屋さん」というテーマで進めていきたいと思います。町のなかで本屋さんがどういう役割を担ってきて、これからどうなっていくのかというのを堅苦しくなく、ゆっくりと話していきたいと思います。
なお、今日登壇いただく増田書店さんですが、ぼくは夏葉社という出版社を2009年の9月に立ち上げたんですけれども、いちばん最初に本をつくるにあたって、この本屋に置いてもらえたらいいなというお店がいくつかあって。そのひとつが増田書店さんだったんです。古くからあるタイプの、少しコワイ感じもあって。店長さん(*1)もコワイ(笑)。あと、地下のフロアにみすず書房とか岩波書店とかが並べてある、知識に対する憧れみたいなものを呼び起こさせる棚があって、あそこに認められるような本をつくりたいと思っていました。これは余談ですけど、増田書店の店長さんに営業に行ったら、なぜか怒れるっていう(笑)。

 

笈入

なんて怒られたんですか?

 

島田

ぼくが最初に作ったのは『レンブラントの帽子』(*2)という復刊ものだったんですけど。復刊なんかやめてもっと新しい読者に向けて本をつくりなさい。未来の読者に向けて本をつくりなさいって、初対面で怒られて(笑)。その言葉がすごい残っておりまして。そのあと篠田さんがいろいろやってくださって、いまは置いていただけることになったんですけど。とにかく、増田書店さんは昔からずっと好きです。
あと去年『本屋図鑑』(*3)という本を出しまして。取材をしていて感じたのが、増田書店さんと似たようなタイプの本屋さんが苦戦しているというのが、非常にあってですね。それはクラシカルな、数階建ての、たとえば、1階が文庫、児童書、雑誌。2階が人文、3階がコミック、学参というようなタイプの本屋が苦戦している。それに対して増田書店さんというのは、いつもお客さんが入っている印象があるんですよ。

 

篠田

全盛期に比べると、やはりかなり減っているというふうに聞いているんですけど、増田書店がよそと違うとしたら、あそこが持ちビルだというのがあるのかもしれなくて。あんまりお金のことはわからないんですけど、それはかなり大きいのかなと。なので、本屋が厳しいってわわれるのも、よそとはちょっと感じ方が違うんじゃないかという気はします。

 

島田

篠田さんは増田書店に入られて何年目になるんですか?

 

篠田

いま6年目です。ぼくはずっと国立を最寄り駅にして小・中・高と通っていました。増田書店に行くようになったのはいつが最初だったか覚えてないんですけど、たぶん母や祖父に連れられて行っていました。でも別に一人で行くようなところではなくて。家からもっと近くに小さな本屋さんがあって、欲しいコミックはすべてそこに揃っていたので、駅を越えて増田書店に行く必要はなかったですね。その小さな本屋がなくなって、駅を出ざるを得なくなって、増田書店に行くようになったんだと思います。

 

島田

それはいつごろ?

 

篠田

高校のころですかね。駅寄りに東西書店さんがあるんですけど、あそこはたしか、4~5階建てで全部書籍だったんです。それからどんどんテナントが変わってきちゃって、本の売り場は縮小していきました。コミックは東西書店さんのほうが充実していて使っていたんですけど、祖父に連れられて行くのは増田書店でした。祖父は結構本を読んでいて。

 

島田

それからどういう経緯で増田書店さんに入られたんですか?

 

篠田

ぼくは大学で地方に出ていて。静岡だったんですけど。大学在学中に勉強がつまらなくなり、なぜか本屋をやりたくなって。短期のバイトで神保町の三省堂書店さんや、静岡の本屋さんで働いていたんですけど、そろそろ大学を辞めてちゃんとやろうかなと考えていた時に、親が増田書店に募集が出ていると教えてくれて。増田書店はもともと好きな本屋だったので、それで帰ってきました。

 

島田

どうして本屋さんになりたいと?

 

篠田

いや、本当は音楽のほうが好きだったんですけど、好きじゃない音楽を聴くのは耐えられないと思い、レコード屋はないなと。本は表紙とかうるさいなと思うものがあったとしても、無理矢理音楽を聴かされたりというのとは違って、見なければ済むことなので。

 

島田

そうですね(笑)。いまの担当は?

 

篠田

文庫です。あと雑用。増田書店は店長を除くと社員が4名いるんですが、そのなかでは一番入社が遅いです。

 

島田

雑用。

 

篠田

はい。

 

島田

入社されてから店内のレイアウトは基本的に変わってないですか?

 

篠田

あんまり変わらない感じですね。自分の担当はかなり変えてるんですけど、昨年の9月くらいに一旦実用書をやったことがあって、そのときに今までずっと変えてなかったところを変えましたけど、基本的にはそんなに大きくは変えてないですね。

 

島田

増田書店さんは創業してどれくらいですか?

 

篠田

66年と聞いています。最初は会長、いまの社長のお父さんが、大学へ行く時の学費とか生活費のために蔵書を売ったり、ちょっと小遣い稼ぎをしたいとお母さんにお金を借りて自分で本を仕入れて売っていたらしいです。最初はなんかバラックだったらしくて。

 

島田

そうだったんですか。国立全体が?

 

篠田

まあ、そうだったんだと思います。

 

島田

すみません、ぼく増田書店さんにすごく興味があるので。あの、店としてこういう理念がとか、棚作りのルールみたいなものっていうのはありますか?

 

篠田

一切教えてもらったことはないです。書店員とはこうあるべきとか、町のなかで本屋というのはどういうふうにあるべきかみたいなことは、一度も上の人から聞かされることはなくて。放任なのかなんなのか。

 

島田

でも、増田書店らしさというのはありますよね。東京の他の町で増田書店さんみたいな本屋って、ありそうでなかなかないような気がして。みすず書房岩波書店っていう、あのへんの感じを150坪の本屋ではあんまり見ないです。でも、地方の老舗の本屋さんへ行くとやっぱりあるんですよ。そこを誇りにされているようなところが。うちはこれを絶対に守るんだみたいな。売れ行きはよくないかもしれないけど、そこは矜持として置いておくんだっていう。

 

笈入

話に出ている、みすず・岩波コーナーというのは昔は結構あったと思うんですよ。あちこちの本屋に。それを守るというのは、別に岩波の本を守るとかみすずの本を守るってことじゃなくて、毎月新刊の案内を熱心に見て、定期も予約してくださって、単行本もめぼしいものがあれば予約をし、新書も文庫もちゃんとチェックしてというお客さんとの関係を守るってことであって、別に本を守っているわけじゃないと思うんですよ。その関係を守るっていうことが多分できなくなっちゃったんで、お客さんはどこか別のところへ移り、結果として岩波コーナーを作れなくなる。人員に余裕があったり、人文書担当がばっちりいればできるけど。

 

蒼野

増田書店さんのみすず・岩波の回転率はどうなんですか?

 

篠田

相対的にどうかはちょっとわからないですけど、比較的売れるほうなんじゃないかと思っています。あと、ここは増やさなきゃいけないとていうふうには思っていて。ぼくが引き継いだ時には、なかば反乱的にかなり増やしました。

 

島田

あ、そうなんですか。

 

篠田

文庫のとこだけですけど。

 

碧野

増やさなきゃと思った理由というのは?

 

篠田

島田さんや笈入さんが仰っていたのと同じで、これは置いておかないといけない、守らないといけないところなんだというふうに、入った時にすでに思っていて。なんで思ったかというのは、たぶん自分の親とか祖父の影響だと思います。店のスタッフでひとりふたりそういう話をする人はいますけど、基本的にはなにかがあってとかじゃなくて、無意識的にそう思ったというか。

 

島田

ぼく、みすずさんの本で欲しいのがあって、今日増田書店さんで探しても見当たらず。店長さんに聞いたら、「買うべき人が買ったからない」っていわれて。

 

篠田

そういうことはすごいあります(笑)。

 

島田

それはね、やっぱりすごいですよ。

 

笈入

発注してちゃんと入ったんだけどっていう話でしょう?

 

島田

そうそう、5冊入って買うべき人が買って、あと1冊は動かないから返したっていう。

 

笈入

それって名前まではわからないにしても、お客さんの人数はかなり把握できてるってことですよね。

 

篠田

はい、顔は見えてますね。あの人がここから買うというのは、かなり押さえてあって。実際にその人たちが買って終わりということはあります。

 

島田

それって商売の理想だと思うんですけど。

 

篠田

でも買われるのはやっぱり高齢のお客さんです。

 

島田

増田書店さんて店売りの他に、外商っていうのは?

 

篠田

配達と、教科書と。

 

島田

配達はどれくらいされてるんですか?

 

篠田

いまはちょっと変わっちゃったんですけど、前までは桐朋学園小中高と国立学園と、本当に近いところですね。あとはずっと長く付き合いのあるお客さんに週刊誌とかそういうのです。

 

島田

すごいなあ。ぼく、ここまでで結構お腹いっぱいみたいなところがあるんですけど。知りたいことだいぶ知れたなあと思って。いや、すいません(笑)。笈入さん、久しぶりに増田書店さんに行かれてどういう印象でしたか?

 

笈入

そうですね。ぼくが行ったことあるのは2~3回だけなんですけど、すごくオーソドックスなレイアウトの本屋だなと。昔ながらという言い方がいいんじゃないかな。人文書、思想、哲学、心理学があり、歴史があり、社会情勢みたいな。もちろん細かいところで工夫はされていると思うのですが。
最近取り上げられている本屋というのは、そういう分類とは全然違うふうにできていて。これはいい悪いじゃないんですけど、素人のお客さんっていうか、専門家じゃないお客さんというか。なんだろうな。衝動買いといってしまったほうがいいのかな。気分とか。そういうものにどうすれば寄り添えるのか。最近の書店業界はそういう試みがされている傾向があって。
往来堂の文脈棚というのも、客観的に見たら、なんでおれこんなことやってんのかなとか思って(笑)。もちろん、20坪のハコの中でやらなきゃいけないので、オーソドックスな棚をつくったってろくな売り場にならないので。新書も、現代新書、岩波新書中公新書と、レーベル別に分けておくのが普通じゃないですか。うちはそれをやるとひとつのレーベルで10冊ずつしか置けないので、意味ないなと。そうしたら、宗教の関係とか、経済の関係とか、原発の関係とかというふうに置いて、なくなったら入れ替えるんですけど、それと同じことを単行本とか文庫とか雑誌とか混ぜながらやっています。
ぼくは往来堂を14年くらいやっているんですが、その前は旭屋書店にいて人文書の担当だったから、そういうこともやってたんですけど、思い出しましたよね。ここ十数年は知識とか体系とか流れとかそういうものと無縁でやってきたんだなと、増田書店さんにお邪魔して感じました。

 

島田

さきほど、増田書店さんではここに置けばこのお客さんが買うだろうなというのがなんとなく見えているという話だったんですけど、往来堂さんではそういうのはあるんですか。それとも一見さんの気分によって?

 

笈入

両方やってますね。両方やらないと売り上げが足りない。たとえば、晶文社さんから内田樹さんの本が出ますよとなったら、うちは15人はお客さんがいるなとか。本1冊に対してどれくらいお客さんがいるかなというのは、なんとなくわかります。なんとなくですよ。別に顧客分析して名簿がずらっと出てくるわけじゃないですけど。最近、往来堂の前の店長の安藤さん(*4)のことを思い出すんですけど。無党派層っていうんですか。要するに、自民党支持と決まっている人は一種の専門家みたいなもので、買う本が決まっているお客さん。一方で無党派層、浮動票みたいなものを、どうやって取り込むか考えていて。その場でどうその本を欲しくなってもらうかということですね。その両方やらなきゃいけないので、大変なんですけどね。

*1 吉村店長・・・増田書店勤続40年以上。国立の町の人々に愛される名物店長

*2 レンブラントの帽子・・・バーナード・マラマッド著/小島信夫・浜本武雄・井上謙治訳(2010年5月刊行)

*3 本屋図鑑・・・全国の町の本屋さんを取材してまとめた本。増田書店も紹介されている(2013年7月刊行)

*4 安藤哲也氏・・・往来堂書初代店長。著書に往来堂立ち上げを綴った「本屋はサイコー!」など。(新潮OH!文庫/2001年/絶版)